初投稿のお話はタイトルの通り、「ジュリー・ロックンツアー78」千秋楽の思い出。

私にはひとつ年上の姉、ななつ年下の妹がいました(今もいます)。

1978年、私は小学五年生、姉は六年生。妹は四歳でした。なのでこの時代に妹の記憶はほぼ無いでしょう。私は横浜市の東急東横線「妙蓮寺駅」付近に棲息するほぼ野生動物のような小学生でした。

夏休みは家族旅行が定番だったのですが、この夏は父の仕事が忙しかったらしく「旅行は行けない」と早々に言われていたと記憶しています。多分それを聞いてつまらなそうにしていた姉と私への夏休みの思い出にと母が提案したのが「ジュリーの田園コロシアム」「ピンクレディーの後楽園球場」でした。

あの頃は新聞にコンサートの案内がよく掲載されていたので、母がこのふたつに問い合わせると「葉書による抽選」と教えられ、まずは第一関門の「抽選突破」からこの計画はスタートしました。

どれだけ時間が流れたのかわかりませんが、ある日母から「ジュリーもピンクレディーも当たったよ」と言われて大喜びのふたり。ジュリーとピンクレディーの本物が見られると大はしゃぎしたものです。だが・・・しかし・・・現実はそう甘いものではありませんでした。

「ジュリー」か「ピンクレディー」のどちらかだけ・・・。

ま、いま思えば「そりゃそうだ」なんですけど・・・。
当時は随分とフテくされた記憶があります。そして姉と協議するまでもなく、あの時代は「先に生まれたものが偉い」ということで、当然ながら姉の言うがままに「ピンクレディーの後楽園」に行くことになりました。

しかし、ここに「待った」をかけたのが父でした。「小学生ふたりで後楽園球場へ行くなんてとんでもない!ダメだ!」と一喝。こうしてピンクレディーの全盛期を生で見る機会は奪われてしまいました(今思えば本当に惜しい・・・悔やみきれない出来事です・・・でも、横浜の田舎モンの子供ふたりで行かせることはやっぱり出来なかったのでしょう)。

そして復活浮上したのが「田園コロシアム」です。
何といっても場所が良い! 東急沿線ということで、電車に乗れば20分程で到着してしまうのです。しかし姉と私は少しだけ思うところがありました・・・。それは日程です。8月31日・・・小学生にとっては命を奪われるような大きな日にちです。そう「夏休み最後の日」。
しかし選択肢はもうありません。当時で5,000円もするチケットを二枚買ってもらい私たちは腹を決めたのです。このチケットはジュリーのマンズワイン広告写真が印刷された素敵なチケットでした。

コンサート当日、とても暑かったことを覚えています。母が妹を連れて私たちを田園コロシアムまで連れて行ってくれました。会場の入口手前にはジュリーの巨大ポスターが何種類も販売されていました。ロックンツアー78のダーリングTシャツ、ほかにもパンフレットなど様々なジュリーグッズが売られていましたが、小学生のお小遣いで買えるものなどほとんど無く「指をくわえてみていた」という感じです・・・そしてものすごい人数の大人の女性たちに圧倒されつつ・・・夕暮れの暑さとお姉さま方の熱気で、ムンッとして「ものすごく化粧くさい」と小5の少年は記憶しています。入場時にだったか、指定席にだったか忘れましたが、「JULIE ROCK’N TOUR 78」と印刷されたビニール製のエアークッションが来場者に提供されていました。公演の記念にお持ち帰りくださいと係りの人が言っていたように思います。

まだ陽が沈まないうちにコンサートは始まりました。紫色のタイツ、赤を基調としたヒラヒラした民族風の衣装(アルバム「LOVE~愛とは不幸を恐れないこと」封入のミニポスターでも着用)で登場したジュリー。「あなたに今夜はワインをふりかけ」「勝手にしやがれ」「ダーリング」は覚えていますが、あとは全く知らない歌ばかりでした。そりゃそうです。当時持っていたのはシングルだけ。それも「勝手にしやがれ/若き日の手紙」「憎みきれないろくでなし/俺とお前」「サムライ/あなたに今夜はワインをふりかけ」の三枚だけ。「ダーリング」は当時大ヒットしていたのでもちろん知っていましたけどね。つまりは十曲弱しか知っている曲が無かったんです(笑)。

M.Cでは「宇宙戦艦ヤマトは映画が大ヒットだそうです。自分はまだ見ていません」とか「今日はザ・ベストテンに二曲入っているから、TBSに行かなければならない。だからあんまり長く出来ません」「今日だけの特別な仕掛けがありますからお楽しみに」等と話されていたと思います。

衣装替えをして再登場の時は、タイガーマスクのようなマスク付きのマント(黄金色)を小脇に抱えて登場して、ずっと知らない歌をたくさん歌っていました。「新曲です。これがもう本当に良い歌で」と客席の笑いをとって歌った「LOVE〔抱きしめたい〕」。そして「このあたりでみんなが一緒に歌える曲を」と言って会場内大合唱で歌われた「時の過ぎゆくままに」。私はこの日初めてこの曲を聞きました(笑)。先ほどのM.Cで言った「仕掛け」はステージ後方の大掛かりな花火でした(東京12チャンネル「ヤンヤン歌うスタジオ」で少しだけ放送されました)。コンサートはやがてアンコールへ。でも知らない曲が続きます。そしてそこはそれ小学生、夏休み最後の日。姉と私は眠たくなってしまいました。「もう眠いから帰ろう」とふたりで意見一致。ステージが終わる前に田園コロシアムを後にしました。

電車に乗って田園コロシアムを見下ろすと、どうやらコンサートは終わったようでした。そして隣駅の「多摩川園前駅(現:多摩川駅)」へ。目が言ったのは隣駅の名前。「これ違う電車だよ」と姉に言って急いで降りました。私たちは目蒲線(現:目黒線/多摩川線)に乗ってしまっていたのです。車両が同じだから間違えないようにあらかじめ注意されていたのかもしれませんが、このあたりの記憶はこんな感じです。

帰宅すると「ジュリー間に合わなかったね」とザ・ベストテンを見終わった母に言われました。恐らく21時過ぎまで田園コロシアムで歌い、そこからTBSへ・・・と考えれば、ちょっと無理なスケジュールですね・・・。

この田園コロシアムのライヴ音源はアポロンからカセットテープで発売されました。そしてこのカセットテープには「ヤマトより愛をこめて」が収録されています。でも・・・どうしても腑に落ちないのは「歌っていないはず」なんです。この日の田園コロシアムでは。でも、もしかして私たちが会場を出た後にアンコールのラストに歌ったのかな? そんな疑問をずっと持ちながら、初めてのジュリーのコンサート風景は曲こそわからないものの、鮮明に覚えている大切な思い出です。


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沢田研二「今度は華麗な宴にどうぞ」(CD)1978年のロックンツアーはこのアルバムから選曲。シングル「ダーリング」「ヤマトより愛をこめて」を収録。全曲作詞/阿久悠、全曲作曲/大野克夫のコンビ第二弾



沢田研二「思いきり気障な人生」(CD)1977年発売、週間オリコン1位、年間五位。ジュリー最大のヒットアルバム。シングル「さよならをいう気もない」「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」「サムライ(別バージョン)」、大人気ソング「あなたに今夜はワインをふりかけ」などを含む名盤。


2018年3月発売の沢田研二最新シングル(4曲入り)沢田研二 70YEARLIVE『OLD GUYS ROCK』2018年-2019年コンサートツアーで全曲を歌っています


沢田研二「Royal Straight Flush 1971-1979」(2枚組CD)シングル曲集
君をのせて. 許されない愛. あなただけでいい. 死んでもいい. あなたへの愛. 危険なふたり. 胸いっぱいの悲しみ. 魅せられた夜. 恋は邪魔もの. 追憶. 愛の逃亡者. 白い部屋. 巴里にひとり. 時の過ぎゆくままに.立ち止まるな ふりむくな. ウィンクでさよなら. コバルトの季節の中で. さよならをいう気もない.勝手にしやがれ. メモリーズ. 憎みきれないろくでなし. サムライ. ダーリング. ヤマトより愛をこめて. LOVE(抱きしめたい). カサブランカ・ダンディ. OH!ギャル. ロンリー・ウルフ.収録。(ジュリー過去写真CD盤/全シングルカラージャケット写真、19頁に渡る沢田研二ヒストリー年表ブックレット付)


沢田研二「Royal Straight Flush 1980-1996」(2枚組CD)シングル曲集
 TOKIO. 恋のバッド・チューニング. 酒場でDABADA. おまえがパラダイス. 渚のラブレター. ストリッパー. 麗人. おまえにチェックイン. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ. 背中まで45分. 晴れのちBLUE BOY. きめてやる今夜. どん底. 渡り鳥 はぐれ鳥. AMAPOLA. 灰とダイヤモンド. アリフ・ライラ・ウィ・ライラ-千夜一夜物語.. 女神. きわどい季節. STEPPIN’ STONES.CHANCE. TRUE BLUE. Stranger-Only Tonight-. Muda. ポラロイドGIRL. DOWN. 世界はUp & Fall. SPLEEN~六月の風にゆれて~. 太陽のひとりごと. そのキスが欲しい. HELLO. YOKOHAMA BAY BLUES. あんじょうやりや. 愛まで待てない.収録(ジュリー過去写真CD盤/全シングルカラージャケット写真、歌詞、海外発売シングルカラージャケットほかカラー写真掲載ブックレット付)